2008年12月27日

第6回講座:交通社会における高齢者の問題(要旨)

●第6回講座
日時:2008年12月6日(土)

交通社会における高齢者の問題(要旨) 
所 正文(国士舘大学政経学部)

はじめに
高齢者が自動車事故の加害者になるケースが増えている。これは世界でも類を見ない超高齢社会を迎えているわが国における深刻な社会問題の一つである。この問題は単に交通事故の問題に留まらず、21世紀のクルマ社会のあり方、高齢者福祉とも深く関わる問題である。本日の講座では、こうした視点から21世紀のわが国社会を見据えていきたい。

1.高齢ドライバーをとりまく状況
わが国の65歳以上交通事故死者構成率は、欧米主要国と比較して際だって高い。「歩行中の事故死」が多いことがその最大の理由とされ、これを減らすための交通環境、交通システムの検討がとりわけ重要であり、2で述べるイギリスの取り組みなどが参考になる。
さらに1990年代以降の高齢運転者の事故死者数増加に注目する必要がある。高齢運転者予備軍である50歳代後半の免許保有率はすでに80%を超えており、今後が大変懸念される。現在では高齢者の運転免許保有率がまだ低いため、免許保有者の認知症患者は全体平均と比べてかなり低い。しかし、今後は認知症運転者問題が重要課題の一つになる。

2.イギリスの交通環境
 イギリスでは交通社会での弱者である歩行者や自転車に対するきめ細かな配慮が行き届いている。自動車に対して低速度を強制するロードハンプ、自転車専用道路、優先席数拡大のための二階建てバス、Elderly peopleの標識、ロリーポップマンなどは、自動車の走行を最優先するわが国ではほとんど見られないが、イギリスでは一般化している。

3.高齢者講習と認知症ドライバーをめぐる問題
 70歳以上運転者の免許更新時には、運転適性や運転技能を診断する特別講習がすでに義務づけられているが、2009年6月以降は75歳以上の人に対して認知機能検査が加えられる。この検査では交通現場で最も危険とされる前頭側頭型認知症を見つけらないこと、認知症予備軍であるCDR0.5を見つけにくいこと、運転断念後のケアが全く考慮されていないことなどが大きな問題点となる。講習現場での実施体制にも不安が寄せられている。

4.心理学の立場からの貢献可能性
 認知症運転者問題に関する心理学研究としては、認知症患者のどういう行動側面が運転行動のどのあたりに影響をもたらすかを明らかにすることが本質的課題である。したがって、地道な実証研究を積み上げることがまず重要である。しかし、この問題への取り組みは、心理学研究者があまり関与することなく警察庁主導で進んでいるため、我々としても現実的な対応が求められる。そうした視点から、次の3項目の貢献が考えられる。
(1)認知機能検査を含めたテスト実施者に対する教育指導
⇒教育指導の機会を提供するために、テスト実施者には段階的に「交通心理士」資格を付与しても良いと私は考えるが、日本交通心理学会は慎重姿勢を示している。
(2)運転断念者に対する心理的ケアシステムの検討
 ⇒仲間同士の支え合いというピア・ボランティアの考え方が適用できる最もふさわしい現場であると言える。
(3)地方社会で暮らす高齢者の移動手段を確保するコンサルテーション
 ⇒東海村(茨城県)や伊達市(北海道)など全国の多くの自治体では、タクシーの便利さをバス並みの料金で提供する「デマンド交通システム」がすでに導入されている。

5.地域社会におけるリエゾン機能
 認知症専門医、運転免許行政、交通心理士・社会福祉士、交通関係の企業・団体、および老年学研究者(医学・心理学・社会福祉学など)が、認知症運転者の支援のために連携することが不可欠である。とりわけ交通関係の企業・団体には、事業活動を通した社会貢献活動の重要性についてご理解頂きたい。超高齢時代においては経済性のみならず社会性(人間性)と環境性を重視した事業活動が求められ、これはトリプル・ボトム・ラインとよばれる。

おわりに
 イギリス交通社会の一時停止標識は、Stopではなく"Give Way"、すなわち「相手に道を譲れ」と表示されている。これは「相手に道を譲るためにあなたは止まれ」ということであり、交通行動としてはStopと同義である。交通社会では交通規則によって人間行動を制御し秩序を維持しているが、Give Wayは交通規則の網の目部分において人間行動を制御する行動規範であると言える。西欧文明が日本に本格的に輸入される以前にGive Wayと同じ価値観が日本に存在していた。「江戸しぐさ」と呼ばれるものである。こうした価値観を思い起こし、超高齢社会を迎えているわが国の現代社会に導入していくべきである。

質疑
 認知症運転者の行動研究は、ワーキングメモリー(作動記憶)に視点を置くと良いと思う。認知症患者は、加齢に伴う神経伝導速度の低下等に起因して、複数の情報を同時に記憶・処理することが特に苦手となる。これは運転行動において最も重要な点が欠落していることを意味する。2009年6月から導入予定の認知機能検査であるセブン・ミニッツ・スクリーン(The 7 Minute Screen,略称7MS)は主にアルツハイマー型の認知症のスクリーニングに限定された検査であり、車の運転操作能力の正誤に直接に関わる認知機能の程度を測定しているとは言い難い。その意味では、短期記憶の一種である作動記憶の能力を測定する神経心理学的検査(Five Cog.Test、TKW式認知症重症度検査など)を用いた方が良いと思われる。Five Cog.Testは、手先の運動機能を評価する検査に加えて、記憶・注意・言語・視空間認知・思考の5つの認知領域を測定する検査である。集団で実施可能であり、軽度認知症、軽度認知障害および健常者のいずれのレベルでも評価が可能である。また、運転断念後のケアに言及されたことと関連するが、75歳以上運転者の免許更新時に、「認知機能検査」が義務づけられるということであるが、この検査時に認知症という用語を直截に用いることは、一種の年齢差別(エイジズム)であり、検査時に被検査者の尊厳や自信を損なう可能性がある。運転適性があれば誰でもいつまでも運転出来るという視点に立つことが本来の姿であり、あくまでも運転操作能力の可否を見る検査の一つとして位置づけることが、高齢ドライバーとしても納得の行くものではないだろうか。

タグ:講座
posted by wpa2 at 00:23| 東京 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
第7回教養講座 2009年10月3日
『高齢期の生き方』
[1974文 中村誠・早稲田大学心理学会理事]

1.日本がこれから迎える高齢化社会
厚労省の発表によると、9月15日時点で日本全国の100歳以上の高齡者が4万人を超えた。日本人の女性の平均寿命は86.05歳で24年連続世界一、男子も79.29歳で世界4位(08年)。日本より上位なのは、アイスランド、スイス、香港と比較的人口の少ない国で、日本は男女ペアで実質世界一の長寿国と言える。
世界の人口は20世紀の100年間に15億から60億へと約4倍、増加した。医療技術の進歩、薬の開発、栄養状態の改善などが、まず乳幼児の死亡率を減らし、次に青年期、さらに高齢期の死亡率を低下させた。2050年には90億を超えることが予想されている。世界の人口はこれからもまだ増え続ける。
だが日本に限ってみれば、既に06年に人口のピークを迎え、これからは減少に向かう。2050年には1億人規模まで減ることが予想されている。しかしその時、65歳以上が全人口に占める比率、いわゆる高齢化率が40%に達する。一億の日本人の内、65歳以上の年齢層が4千万人を占める。世界の他の国と較べても高率となる。このまま進めば労働力人口も大きく減り、街には高齡者が溢れることになる。

2.老年学研究部会が「事例集」を発行
 早稲田大学心理学会の老年学研究部会の会員が、身近にいらっしゃる「この方の生き方に学びたい」と思う方たちにインタビューをして「高齢期の生き方・事例集」としてまとめ、2008年に発行した。男性12人(73歳〜97歳)、女性8人(65歳〜87歳)の20事例を掲載した。
 メンバーの一人の所正文先生(国士館大学)が、サンプル数は少ないながらも、幾つかの項目に関する回答から、人生観、生活感に関する男女差を比較した。女性の方が日々の小さなことにも目標ややりがいを求め、現実を受け入れ、適応して行く傾向が強かった。
男性は、現役時代の人間関係を退職後も重視する傾向が見られた。

3.ピカソ、熊谷守一、北斎
 画家のピカソ(1881〜1973)は、晩年、南フランスのヴァロリスに移り住み、新たに陶芸
を始め、その工房の主宰者であるラミエ夫人の姪と86歳の時に、二度目の結婚をしている。
 洋画家の熊谷守一(1880〜1977)は、豊島区千早町の自宅からほとんど一歩も出ずに、庭の中で焚火をしたり、草花やアリなどの虫を観察しつつ、晩年まで斬新な絵を描いた。
 葛飾北斎は、日本人の平均寿命が40歳前後の時代に89歳まで生き、71歳のときに代表作の「富嶽三十六景」描いている。85歳で長野の小布施まで旅をし、天井画を描いた。

4.意欲的に生きることの影響
 琉球大・白井准教授と大阪大・磯教授が、岩手、長野、沖縄など8県に住む40〜69歳の男女、約9万人を対象に12年間にわたって調査。「自分の生活を楽しんでいるか」というアンケートをして、意識の高さを「高・中・低」3グループに分け、脳卒中、心臓病などの循環器病との関連を調べたところ、有意に発症率、死亡率の差が見られた。

5.死を受け入れる事
 どんなに長生きをしても結局は死ぬ。最後には誰でも死を受け入れざるを得ない。メンバーの谷口幸一先生(東海大学)は、高知県の疋田善平(ひきたよしひら)医師の「満足死」の考え方を紹介している。本人が納得し、看取る家族も医療する側も満足するような死に方、各人にとっての主体的な死生観が、最後には欠かせないのではないかと思う
「人は本当は不死である。これを知らないで説明できるものは一つもないのである」数学者・岡潔(1901〜1978)。

[質疑]
質問 日本の多くの男性は、会社や組織のために色々なものを犠牲にして生きてきた。定年になって会社を辞めたからといって、急に生き方を変えろと言われても難しい。
回答 花に水をやる、猫の世話をするなど、身の回りの小さな事でも、自分が自発的にやれることを見つけることが創造的な生き方につながるのだと思う。

Posted by at 2009年10月18日 23:52
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック