2013年07月18日

第15回 早稲田大学心理学会 教養講座:占い師と相談者のコミュニケーション(要旨)

教養講座 要旨
第15回教養講座
2013年5月25日

占い師と相談者のコミュニケーション
〜"未来"はいかに生み出されるか〜
淑徳大学総合福祉学部教授 大橋靖史

心理学における想起と予期の研究
 心理学では、人間が体験した過去についての研究は、記憶や学習の領域において、これから体験するかもしれない未来についての研究は、動機づけや目標・プランの領域において、それぞれ進められてきた。これらの研究では、過去や未来を個人の内的心理過程と捉え、記銘−保持−再生という記憶モデルや、プランの作成−プランの実行というモデルに基づき、その因果関係を明らかにすることを目指してきた。
 しかしながら、心理学的な過去や未来という現象を捉えたとき、そうした因果関係を追究する研究から明らかになることは過去や未来の一側面に過ぎない。既に過ぎ去ったことであり「今はもうない」といった過去の過去らしさ(過去性)や「今はまだない」といった未来の未来らしさ(未来性)といった時間の重要な性質は、因果関係に基づく研究とは異なる研究方法により探究されることが必要である。
 過去性や未来性に関する心理学的探究の方法は、大森荘蔵の哲学にそのヒントを見出すことができる(大森, 1992)。大森によれば、過去性の意味は、想起体験で想起される過去形の経験の中に埋め込まれているのであり、言葉になり過去形の経験になることがすなわち想起である。そして、想起される事柄に過去相貌があるように、予期されたり計画されたりする事柄には未来相貌があり、それが未来性である。そう考えるならば、過去が過去形の経験として立ち現れてくる場や未来が未来形の経験として立ち現れてくる場について探究することが、心理学的な過去や未来の性質を明らかにすることになる(大橋, 2004)。

想起や予期が立ち現れる具体的な場
 過去の体験の真実性が問題となる場としては、警察での取調べや法廷での供述の場がある。尋問の場では、被疑者・被告人や目撃者の体験証言の信用性が問題となる。とりわけ、冤罪が疑われる事件においては、被疑者・被告人の虚偽自白や目撃者の虚偽証言の有無が裁判にとって重要な意味を持つ。供述の生成プロセスに焦点をあて、体験証言の信用性を明らかにする心理学的分析に、浜田寿美男による供述分析(浜田, 1992)や大橋らによるコミュニケーション分析(大橋・森・高木・松島, 2002)がある。これらの分析では、犯行体験や目撃体験といった過去の事実が尋問者と被尋問者との間で確定されていく様子を具体的に明らかにしてきた。そこでは、記憶研究のように過去の体験を体験者の内的記憶表象としてではなく、むしろ、尋問者と被尋問者との間で生み出されていく動的なプロセスの産物として捉えていた。
こうした研究パラダイムは、今はまだない未来に対しても適用することが可能である。人と人との間で未来が生み出されていく動的なプロセスを明らかにする研究である。例えば、占いという行為はこれまで、占われた内容が未来において実際に生じるか否かといった因果関係の真偽が問題とされてきたが、この研究パラダイムによれば、占い師と相談者との間で相談者の未来が紡ぎだされていく動的なプロセスが研究の対象となる。占われた内容と未来の「事実」の因果関係究明を目指す限りにおいて、心理学は占いに対し懐疑的な立場をとらざるを得ないかもしれないが、そのことにより、占いという行為が本来持つ重要な側面、すなわち、占い師という他者と相談者との間から、相談者の未来が生成されていく興味深い現象に目が向けられてこなかった。

占い師と相談者のやり取りの特徴
 ここでは占いを未来−現在−過去について語り合う社会的相互作用の場として捉え、占い師と相談者との間でかわされる言語的・非言語的なやり取りをディスコース心理学において使われる談話分析や会話分析の手法を用い分析した。こうした分析により、未来や過去が生成されるプロセスにみられる語りの定式化や会話の進展に伴うコミュニケーションのトラブル管理の特徴が明らかにされる。
 30ケースの手相占いを録音・録画した後、言語的なやり取りをプロトコルデータに書き起こし、特徴的な動作と合わせ、談話分析や会話分析の手法を用い分析した。その結果、以下のようなことが明らかになった。@占いの場における占い師と相談者の関係は、医療の場における医師と患者の関係と同様、占い師がその専門性や権威を相談者に対し言語的・非言語的に呈示し、一方、相談者は占い師に自らの手のひらを委ねる関係にあった。例えば、手のひらを見る際に、占い師は、指示棒や虫眼鏡といったアイテムを利用していたが、それは医師が用いる聴診器やその他の医療機器と同様、社会文化的役割を果たしていた。A一つのトピックに関する占い師と相談者のやり取りでは、最後に占い師が「その内容は手のひらに現れている」といったように、語られた内容を最終的に手相に帰属させる語りの定式化が見られた。例えば、将来の仕事について相談者が占い師に相談する一連のやり取りがなされた後に、占い師はそれまでの内容をまとめながら相談者の手のひらを指示棒で指示し「この線がまさにそのことを示している」と、相談者自身が語ったことも含め、手のひらの線にその根拠を帰属させる語りを行っていた。B占い師は相談者の過去や未来について始めは漠然とした内容を述べることが多く、相談者がその内容を肯定すると、次第に語る内容を特定化していく傾向が見られた。すなわち、当初は漠然としたあるいは一般的な内容の陳述が相談者に否定されないと次第にグレードアップしていた。C占い師は相談者の未来について言及する際に、未来形の時制ではなく、現在形を用いた語り方をする場合があり、その際、現在形を用い確定的に語った後に、「本当かどうかわかりませんけどね」といった不確定性を示唆する陳述をやや小声の早口で付加する語りが見られた。これは、本来不確実な未来を確定的に語りながら、且つ、占いがはずれるといった未来の反証可能性を予め排除する定式化と見なすことができる。
 このように、手相占いという場において、相談者の過去や未来が占い師と相談者のやり取りの中でどのように立ち現れてくるか、その特徴が明らかになってきた。こうした特徴は、占い場面における相談者の過去や未来は、相談者自身の内的心理現象にとどまるものではなく、むしろ、占い師と相談者の協同的な活動から生み出されていく現象であることを示している。

さいごに
今回紹介した研究は、心理学においてこれまで人間の内的心理現象として捉えられてきた諸現象を社会的な相互作用行為として捉え直すことができる、もしくは捉え直す必要があることを示唆している。また、占いという場における占い師と相談者のやり取りの軌跡を分析することにより、過去や未来が生成されて行く様子を研究者が直接的に観察することが可能となった。こうした研究方法をとることにより、未来や運命の偶然性や即興性といった、従来の心理学研究では扱うことが困難であった現象を実証的に研究する道が開かれていくことになる。

[引用文献]
浜田寿美男 (1992). 自白の研究 三一書房
大橋靖史 (2004). 行為としての時間 −生成の心理学へ− 新曜社
大橋靖史・森直久・高木光太郎・松島恵介 (2002). 心理学者、裁判と出会う 北大路書房
大森荘蔵 (1992). 時間と自我 青土社

posted by wpa2 at 00:09| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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